ABS 教師
ABS Faculty
三谷梨央 Rio MITANI ABC & ABS芸術監督
神戸生まれ、1才からウィーンに育つ。タンツ・フォーラム・ウィーンにてバレエを始める。ウィーン国立バレエ学校を経てウィーン・コンセルバトリウム・バ レエ科を終え、公認バレエ指導免許を取得。卒業後、ウラジミール・ツカノフ、ビルジニヤ・ツカノワ両氏に師事、伝統に則したワガノワ・ボリショイ方式の研 鑽をつむ。更にニューヨークのアメリカン・バレエ・シアターにてダイアナ・カティエール氏に学ぶ。マリア・アルサティ氏に声楽の手ほどきを受ける。
ウィーン国立バレエ学校の生徒として国立劇場、フォルクス・オーパー、カンマー・オーパーの各舞台に出演。オーストリア・バレエ劇場に入団し、まもなくソ リストの役を与えられる。この時期から、ダンサーの指導や数々のフェスティバルやテレビの振付けを手掛ける。
1999年、視野を広めるべくアラスカへ渡り、ジュノー・ダンス・アンリミテッドの芸術監督兼バレエ・マスターを引き受ける。同時にニューヨーク、シアト ル、ニュージャージー、アラスカ、オーストリア、フランスの各地でジゼル、くるみ割り人形、ゼンツァーノの花祭り、レ・シルフィードの主役でゲスト出演。
2001年、フュージョン・ダンス・カンパニーのソリスト兼バレエマスターとしてシアトルへ招聘、ジャズ、モダンダンス、タップ、ヒップホップ、アフリカ ンダンス等をレパートリーとして身につける。シアトルでパシフィック・ノースウェスト・バレエの福祉プログラムの教師を務めたのち、ニュージャージーのア トランティック・コンテンポラリー・バレエ劇場のソリスト兼バレエマスターに就任。
2002年、故国日本に戻り、夫クリスティアン・マルティーヌと共にオーストリア・バレエ・カンパニー東京を設立。芸術監督、バレエマスター、振り付け師 をつとめる傍ら、ロミオとジュリエット、パ・ド・カトル、ドン・キホーテなどの古典作品、ならびに創作バレエのモーセ、セールダウン・ザ・リバー、蝶々さ んなどの主役を務める。
2005年愛知万博でのワルツ公演とNHK番組出演、2007年には、リン・チャールズの呼びかけに応じダンシング・フォー・エイズ・オーファン、ウィー ン・ツアー、オーストラリア・ツアーなど、国内外を問わず幅広く活動。ジャパニズムなどの創作バレエは、各方面から高い評価を得ている。
バレエ団設立以来日本バレエ協会主催の特別講習会にてキャラクターダンスを指導、日本のダンサーに本場の伝統を伝える活動に励んでいる。
クリスティアン・マルティーヌ Christian MARTINU ABC & ABS芸術監督
ウィーンに生まれ育つ。バレエの教育を受ける傍ら、格闘技やジャズダンスに励む。フォルクス・オーパーバレエ団の団員を経てリオ・デ・ジャネイロに渡り、 タティアナ・レスコヴァに師事、バレエ・ダンサーとしての磨きをかける。2年間の修行を終え1980年にオーストリアに帰国、ウィーン国立歌劇場バレエ団 に入団。数多くの公演に出演する傍ら、日々のトレーニングでウラジミール・ツカノフとビルジニア・ツカノワ両氏から薫陶をうけ、その方法論が後日、次世代 のダンサーを指導するためのベースを成すこととなる。
まもなく振付家としての活動を開始、ウィーン・キュンストラーハウスにおける創作バレエ「ファウストの業罰」で注目を集める。その後ウィーン・室内オペラ で「ホフマンの物語」、リューベックで「メリー・ウィドー」、「ジプシー男爵」、「カルメン」などのバレエを次々と振付け。ダンサーとしても、自らが設立 したバレエ団「オーストリア・バレエ・シアター」の「ジゼル」「眠れる森の美女」「白鳥の湖」「ドン・キホーテ」などのバレエでプリンシパルとして活躍。
1999年、アラスカ州都ジュノーのバレエスクール「ジュノー・ダンス・アンリミティッド」からの要請で芸術監督に就任。その後、シアトルの「フュージョ ン・ダンス・カンパニー」でダンサーならびに振付家として、また「アトランティック・現代バレエ・シアター」の数多くの公演に出演。
2003年に妻の三谷梨央と共に日本に移り、意欲に燃えた実力のあるダンサーたちを集めてABC-Tokyoを東京に設立。「くるみ割り人形」「モーセ」 「ヨセフとマリア」「千羽鶴」「コッペリア」「白鳥の湖」など、クラシックならびに創作バレエのプリンシパル・パートを演じる。
自分たちのバレエ団の公演と振り付けに追われる傍ら、日本の数々のバレエ団から客演ソリストとしての依頼に応じるという、精力的な日々を送っている。
田中みどり Midori TANAKA ABCアシスタント・ディレクター
オー ストリア・バレエ・ カンパニー東京:アシスタント・ディレクター。1982年 来日中のエマ・プリャーニチニコワ女史(元ボリショイバレエ学校教師)に出会い、年間ワガノ ワ・メソッドによるクラシック・モダン・キャラクターダンスからクラシックの教授法に至るまでを学ぶ。1986 / 87年 ボリショイのピオネール宮殿にて、エマ・プリャーニチニコワ女史振付の「イーゴリ公」ハイライトをセルゲーエフ氏をパートナーにボンダレンコ氏指 導のもと主役を務める。その他、主な主演作品には、「白鳥の湖」「胡桃割り人形」などがある。1990年 自身が主催するプルミエール・クラシカルバレエ をスタートする。
ウィーン国立オペラ劇場バレエより
ABS 特別講師 Guest Faculty
ブリギッテ・シュタードラー Brigitte STADLER
ウィーン生まれ、元ウィーン国立オペラ劇場のプリンシパル・ダンサー。オーストリア劇場連盟のバレエ学校で、バレエを習い始める。現役時代の日々を通じて 最大の恩師は、ウィーン国立オペラ劇場の最後のプリマ・バレリーナだった、エーデルトラウド・ブレックスナー教授である。さらにニューヨークのスタン レー・ウィリアムス、モンテカルロのマリカ・ベソブラソヴァの許でバレエを学ぶ。
14歳で、ウィーン国立オペラ劇場の最年少のメンバーとなり、すぐにソリストの役を得る。ルドルフ・ヌレイエフに抜擢され、ウィーンのバレリーナの中で一 番年若くしてパートナーに選ばれる。1983年、ヌレイエフ演出「白鳥の湖」の、第100回記念公演で、黒鳥を踊る。ヌレイエフとの共演は続き、ヌレイエ フ製作の「ライモンダ」初演をはじめ、舞台は数多い。1984年、ソリストに任命される。1990年、プリンシパル・ダンサーに昇格する。
ブリギッテ・シュタードラーのレパートリーは「白鳥の湖」オデット・オディール、「眠れる森の美女」オーロラ姫、又フロリナ姫、「ドンキホーテ」キトリ、 「くるみ割り人形」マリー、「リーズの結婚」リーズ、「真夏の夜の夢」ヒッポリタ・ティタニア、「メリーウィドー」ハンナ。グラヴァリ、「ラ・バヤデー ル」ニキヤ、「ジゼル」ジゼル、「ライモンダ」ライモンダ、「シルヴィア」シルヴィア、「ロミオとジュリエット」ジュリエット、「マノン」マノンを含む。 また、「人形の妖精」妖精、ドラマーガール、「パドカトル」グリジ、「ぺトルーシカ」バレリーナ、「火の鳥」火の鳥、「ザ・フォー・テンペラメント」、 「セレナーデ」、「アポロン」、「シンフォニー・インC」「Liebeslieder Walzer」、「ラ・ヴァルス」 (Balanchine)、「Chain Dance」(Arpino)、「Das Lied von der Erde」(Mac Millan)、「Lieder ohne Worte」、「Grand Trio」、「5 Tangos」、「Grose Fuge」、「Bits and Pieces」(Hans van Manen)、「Letzte Lieder」(Rudi van Dantzig)、「Symphony in D」、「Wiegenlied」、「Dream Dances」、「Verklarte Nacht」(Kylian)、「Empty Place」、「Konzertantes Duo」などの多くの作品に出演する。
ルドルフ・ヌレイエフの他にもミヒャエル・ビルクマイヤー、ペーター・ブロイヤー、ギューラ・ハランゴゾ、シャール・ジュード、ルードヴィッヒ・カー ル、 マニュエル・ルグリ、ヴラジミール・マラーホフ、ヴァレリ・パノフ、ペーター・シャウフス、タマシュ・ソリモシを含む多くの世界スターとパートナーを組 む。又、ゲストとしてベルリン、ブダペスト、エッセン、ブラティスラヴァ、プラハ、マドリッドへ招かれる。
ブリギッテ・シュタードラー。その舞台を見ることのできた人々に、忘れがたい印象を残したバレリーナである。現役引退は怪我が原因だった。最後の公演は、 2000年秋、マクミランの「マノン」の舞台である。
エヴェリン・テリ教授 Prof. Evelyn Teri
ブダベスト生まれ。ブダペスト国 立バレエ研究所にて学業と共にバレエ教育を受け、優秀な成績でディプロマを所得。ブダペスト国立オペラ劇場バレエへ入団。ワガノワ方式の教授法を学ぶ。更 にモンテカルロのマリカ・ベソブラソヴァ、ケルンのウースラ・ボルマンの許で教育学の知識を深める。1965年 にハンガリーを離れ、ジョン・クランコ氏に認められ、シュトゥットガルトバレエに入団。勝れた芸術家としてバーデン・ヴュルテンベルクでドイツ国籍を得 る。その後プリンシパルとしてリューベック・キール、ハンブルグ国立オペラ劇場、マンハイム国立劇場で活躍。グラン・バレエ・ドゥ・フランス・クラシック の南アメリカ客演、バレエカンパニー・ドゥ・モンテカルロの日本ツアーに出演。
バレエの教えを受けたのはヘドヴィグ・ヒ ダス、マーギット・ホルヴァット、オルガ・レペシンスカヤ。さらにマリカ・ベソブラソヴァ、ヴィクトル・グソフスキー、ボーリス・クニアセフとアン・ウー リアムスなど。協力の振付師はV・ヴァイノネン、G・ハランゴーゾ(父)、A・メッセレル、J・クランコ、G・バランシン、A・ドーリン、P・ヴァン・ダ イク、H・ミュラーなど。
レパートリーは「ジゼル」のミルタ、「白 鳥の湖」のオデット・オディール、「ドンキホーテ」のキトリ、「シンデレラ」のシンデレラ、「ロミオとジュリエット」のジュリエットなど。ヴァルナ国際コ ンクールでディプロマ・ガリーナ・ウラーノヴァを獲得。
1977年にマンハイムの音楽大学、1979年に京都バレエアカデミー、1981年にオーストリア劇場連盟バレエ学校の教授となり、1984年、ウィーン・コンセルヴァトリウム・バレエ科の教授、企画責任者となる。2002年、 ブダペスト・バレエ・アカデミー大学で博士号を得、2003年、オーストリア共和国より名誉博士の尊号を授与される。2005年よりウィーン国立オペラ劇場バレエ学校の教授をつとめる。日本でも定期的にコンクールの審査員をつとめる。
ハーラルド・ウヴェ・ケルン Harald Uwe KERN
ウィーン生まれ。ウィーン国立劇場のバレエ学校のムジル先生、モナコ のAcademie De La Danse のペソプラソワ先生の元で、バレエを学ぶ。その他テービット・ハワード、マギー・ブラック、レインス、ラロフ、コルパコーワ、セメニョフ各師の元で学ぶ。 ルドルフ・ヌレイエフ・スカラシップ賞、パリ国際ダンス・コンクールのPrix d’interpretation, さらにニュー・ヨーク国際バレエコンクールで特別賞を受賞。ウィーン国立劇場、スイスのバーセル・バレエ、ニュー・ヨークのジョフリー・バレエ、インディ アナポリスのバレエ・インターナショナル、チャールストン・バレエにおいてソリスト、プリンシパル・ダンサーとして活躍。コルパコーワ、セメニョフ各師の 元バレエ・インターナショナル・アカデミー、またバレエ団において教師を務める。カリフォルニアのチャンネル・アイランド・バレエの副芸術監督を務め、ゲ スト講師としてもヨーロッパ各地の学校、大学、バレエ団で指導している。現在ルイヴィル・バレエ団のバレエマスター。